ご無沙汰しております。岩本です。
はや2017年も4カ月が過ぎ,ゴールデンウィークも終わってしまいましたね。
光陰矢の如しとはよく言ったものです。
最近,「ホームページを見たんですが…」というお問い合わせが増えてきました。
自分で言うのもなんですが,こんな更新頻度も低いし,特に目立つようなことをしていないサイトをどうやって見つけられたのか不思議でしょうがありません(笑)。
そういう方がおられると,このブログも書く内容をもう少し真面目にしなくちゃならないかな~なんて考えてしまいますね。
ということで(?)今日は少し真面目に裁判のお話でもしましょうか。
先日,私はある簡易裁判所に裁判で出廷したんです。
簡易裁判所では同じ時間に何件も立て続けに期日が入っているので,自分の番が回ってくるまで傍聴席で他の裁判を傍聴することになるんですよね。
それで別の方の裁判を傍聴していたんですが,なかなか面白いやり取りがありました。
どうやらその裁判は,貸金業者が支払を滞納した借主の方に対して貸付額を回収するために提起した訴訟のようでした。
ただ,原告は出頭しておらず,被告だけが出頭していました。
簡易裁判所ではたまにあります。被告は弁護士をつけておらず,ご自身で出頭されていました。
そこで,裁判官が,被告に対してこんな質問をしました。
裁判官「○○さん,最後に借りたお金を支払ったのは平成23年5月ということで間違いないですか?」
被告「はい。そうです。」
裁判官「これまで弁護士さんにご相談されたことはありますか?」
被告「いいえ。お金もありませんので…。」
裁判官「う~ん。今は無料の法律相談とかもありますし,すぐそこに弁護士会もありますので,一度ご相談されてみたらいかがですか?」
被告「でも…」
裁判官「裁判所としては,弁護士さんにご相談されることを強く勧めます。今日はあなたは裁判に来られましたが,事実上来なかった扱いにしておきますから,次回までに相談されたほうが良いと思いますよ。」
皆さんはこのやり取りをご覧になってどう思われたでしょうか。
もしかしたら「裁判所って冷たいなぁ。せっかく本人が来てるのに来なかった扱いにするなんて」と思われたかもしれません。
私は(というか弁護士なら恐らくは多くが),「あぁ歯がゆいなぁ」と同時に,「そこまでやるの裁判官…」と二つのことを思ったでしょう。
まずは「歯がゆいなぁ」の方について。
つまり,本件では,被告がある一言を言えば,被告は支払義務を免れることが出来るのです。
それは…
「時効」です。
つまり,本件の場合,相手は貸金業者ですから,最後の返済から5年間の時効期間が過ぎると,債務者は支払義務を免れることが出来るのです(本当はもう少しややこしいですがここでは割愛します)。
本件では,最終返済が23年であれば5年以上経過していますので,消滅時効が完成していると思われるのです。
借りたものは返すのが当たり前,とお思いの方も多くおられるでしょうし,それは倫理的には全く正しいです。
ただ,法律的には,余りにも長期間経ってから請求されても,請求されたほうもそんな前のことは覚えていないことが多いから,いくら支払わないといけないのか分からないし,
貸した方も何年も(場合によっては何十年も)請求できるのに放置していたのであれば,時効という不利益を被ってもやむを得ない
(これを法格言で「権利の上に眠る者は保護しない」と言います)という考え方です。
ただ,時効というのは期間が過ぎれば自動的に成立するというものではありません。
時効で支払わなくても良くなっても,上に書いたように「自分はそんな不義理なことはしない。借りたものは何十年後でも請求された限りはきちっと支払う。」という人は一定数いますから,そういう人のぶんまで自動的に時効を成立させてしまうと,かえってその人にとって不利益になります。
ですから,時効を主張して得をする方の人が,「時効が成立しているから支払いません」とはっきり意思表示して初めて,時効は完成するのです。
つまり,本件の裁判官は被告が気の毒なので,被告に「消滅時効が完成しているので支払いません」とはっきり言って欲しいんですね。そうすれば請求棄却(原告の負け)となります。
次に「そこまでやるの裁判官…」について。
でも,裁判所は中立公正の機関です。被告にそこまで詳しいアドバイスをすると,原告側からすればたまったものではありません。
原告としては時効のことは知っていても,被告がそのような主張をしてこない可能性に賭けて裁判を起こすということは稀にあります。
そしてそれは決して悪いことでもなんでもなく,適法な権利の行使に過ぎません。時効を主張するかしないかは被告が決めることですから。
弁護士がつけば,時効が成立する案件ならば必ず時効の主張はするので,裁判官は不公平にならないギリギリのラインとして,被告に弁護士を付けるよう勧めたのでしょう。
「時効の主張はしないんですか?」とまで言ってしまうと,明らかに裁判所が一方当事者に肩入れしていることになるので,
裁判の公正を害することとなります。それではさすがに裁判官失格でしょう。
これが一般の個人間のお金の貸し借りを原因とする裁判だと,恐らくこの裁判官も被告に対してこんなアドバイスはしなかったのではないかと思います。
しかし,裁判所は貸金業者にはとかく厳しい態度をとることが多いのです。過払訴訟などでも,消費者有利な判決は多く,貸金業者にとっては不利な判決になることが多いのです。消費者救済という観点からでしょうね。
貸金業者は会社であり,いわば「お金のプロ」であるのに対し,借りる人は単なる一般人であり,お金の仕組みや利息のこと,法律のことなど詳しくない人がたくさんいます。
そういう知識が偏っている人の取引の場合,知識が少ない方がとかく損をさせられがちなので,裁判になると裁判所はそういういわば情報弱者を救済するという観点を持って裁判を進行することがあるのです。
少し話が逸れましたが,元に戻しましょう。
通常の裁判であれば,裁判官がここまで強く弁護士をつけることを勧めることはあまりないと思います。
本件は,
1 原告が出頭していない
2 被告本人が出頭しており,弁護士がついていない
3 原告が貸金業者であり,被告が,金銭的に生活が厳しい個人である
4 弁護士がつけば簡単に解決する訴訟である
以上の特殊性があったため,裁判官は執拗にと言ってもいいほど,被告に弁護士をつけるよう勧めたのでしょう。
ただ,被告にこの裁判官の心遣いが届いたかどうかは分かりません。ちょっとキョトンとされていましたし。
被告としては裁判を起こされたし,借りたのは事実だし,しょうがないから支払うけど分割にしてほしいなぁ,くらいの気持ちで裁判所に来られたのではないでしょうか。詳しくは分かりませんが…。
私はその人に時効の説明をしてあげたくなりましたが,その人の裁判が終わったらすぐに私の番でしたし,私の裁判が終わったら,その被告は既に帰った後でした。あの人がちゃんと弁護士のところに相談に行くか,少し心配です。
ここまで露骨ではないですが,裁判官が裁判の途中に,「それとなく」指示してくることは結構あります。
我々弁護士に対しても,「この資料,もう少し詳しいものはないですか」とか,「この主張について裏付けるものはありますか」など,
遠回しに色々なことを伝えてくるのです。
そういうときは,裁判官はこの資料を重要だと考えており,「更に詳細に説明できればこちらの主張が通る可能性が高い」と言えるでしょう(勿論必ずしもそうとは限りませんが)。
ただ,上にも書きましたように裁判官は中立公正なので,面と向かって「この証拠があればあなたの勝ちです」とは言いません。
「それとなく伝えてくる」「阿吽の呼吸」という,何とも日本的やり取りが法廷では今日も繰り広げられているのです。
とはいえ,我々弁護士は当事者どちら側につくこともあります。
原告側から本件を見ると,「せっかく被告が時効のことを知らなかったから裁判に勝てそうだったのに,裁判官が変な入れ知恵をしたせいで負けてしまったじゃないか!」となります。
まぁ本件の場合,原告が出頭していれば,原告に遠慮して裁判官もここまで露骨な誘導はしなかったのではないかと思われますから,
出頭しなかった原告にも非があると言えばあるのですが…。
ただ簡易裁判所での裁判の場合,原告が出頭しなくても訴訟は出来ると法律上なっていますから,それで非があると言われるのもおかしな話かもしれません。
恐らく原告側にも弁護士はついていなかったのでしょう。弁護士がついていれば,原告側で出頭しないということはほとんどあり得ません。本件に限らず,原告が出頭しないことによる法廷戦術上のデメリットはいくつか想定できるからです。
逆に被告側で第一回期日に限っては,弁護士がついていても出頭しないことは通常よくありますけどね。
貸金業者といえども,闇金でなければ正規の業者であり,権利は適法に保護されなければなりません。貸金業者は悪であるかのような裁判所の訴訟指揮もちょっと疑問を覚えますね。
我々弁護士は,どちら側に立ったとしても,依頼人の利益のために最大限力を尽くすのが仕事です。
よく某アニメでは「真実は常にひとつ!」とか言ってますが,私はそうではないと思います。
混同されがちですが,「事実」(単に過去に起きた事象)は一つです。ただ,「真実」とは,過去の事実に対する人の評価が含まれています。
したがって,真実とは,事実を見る人の見方の数だけある,というのが私の考えです。
そして事実は見方を変えれば色々な見方が出来るものです。裁判はその真実を追求するものとも言えます。
だからこそ裁判は難しいし,面白いのです。